カテゴリ:櫻の語りまくり( 60 )
人との出会い、触れ合いがやっぱり好きなんだなって思う
ここ最近、風邪が治っていないのもあったり
今までのように語る内容がなかったり
そんなことを思いながらブログをちょこっとお休みしちゃってました

なんで語れないんだろう ・・・と。

そう考えたときに
ボンバーマンオンラインが終了して
みんなとゲームじゃないところで付き合いを始めて
そういった中でみんなの人間性とか色んなものを間近で感じてたことが
私が語る原動力だったように思えたの

年齢とか全く関係なく
すっごく感心するようなことをたくさん考えてる人とか
今まで感じてこなかった意外な一面とか
ゲームの世界だけでは見えなかったものが私にはすごく新鮮で
だからそれに関して私も応えようと思ってたのかもしれないね

その頃のブログでの語りはほとんどがみんなへのメッセージだった

相変わらずの私のおせっかいもあり
ちょっと悩んでる人にアドバイスしたいなとか
もうちょっとこうしたほうが楽になれるよとか
そういった面と向かっては言わないけど
私が感じたことを素直にありのままに書き続けて来たんだよね

・・・何で語れたか
それはみんなと付き合っていたから。
みんなが何を考えているか分かるくらいそばにいたから。
そばにいる人が悩んでいるのをほおっておけない性格みたいw



PCに入っているソフトとの相性のせいなのか
メッセの動作不良によってパソコンが良く止まることが多くなって
しばらくメッセをつけないようになってた

そんな私がそれから何をしていたかっていうと
エレには卒業したと思われているネトゲ。

内緒にするつもりはなかったんだけど
ちょっと新しい世界を旅してみたくて
ボンバで知り合ったみんなとは違う世界で遊んでたの

みんなって言っても
誘ってくれたぜんちゃん(BOID:zenger)とは今でも一緒

ぜんちゃんに誘われたゲームっていうのがメイポ。
メイプルストーリーっていうオンラインのロールプレイングゲーム。
ほとんどの人が知ってるよね

このゲームはボンバーマンオンラインが終了してみんながはまっていたゲーム
その頃メッセをつけると誰もがやっていたような気さえする
70レベになったとか
転職したとか。

その頃の私はメイポのHPさえ見たこと無かったから
どんなゲームなのかさえ分かってなくて
とりあえず、色んな鯖にいる人から声がかかってて、鯖間は移動できないっていうことくらいかな
知ってたのは

ぜんちゃんも合わせて色んな人に声かけられて
しかも、みんな違う鯖で
どこか一つなんて選べなかった

それに、ボンバーマンの余韻もまだある状態で
他のゲームやって面白いのかなっていうのと
せっかくボンバが終了してネトゲから卒業できるかもっていうところでこのブログを書いてて
ブログを書くことだけで満足してたからっていうのもあるかも

そんな私がメイポのインストールをしたのは
ぜんちゃんがあまりに淋しそうだったから

他のみんなは誰かしら友達と一緒に楽しくワイワイやってたんだけど
ぜんちゃんは1人で始めたんだろうね
他に知ってる人いない状態で普通にロープレを楽しむ気分でやってたみたい

『櫻やろうよ~』

って何回も言われると
他のみんなが友達同士でワイワイやってるのを知ってるだけに
一緒に遊んであげたいなっていう気持ちになったのが全ての始まりだったと思う

始めは
ぜんちゃんにメッセで誘われてからログイン
自分から進んでやろうとは思ってなかったかな
ぜんちゃんとのやり取りは楽しんでたけど、相変わらず娘さんにジャマされて落ちるのも早くて
そんなとき1人でレベル上げのために狩りをしていると

私何してるんだろ

なんて虚無感に陥ったりしてた。
やっぱりボンバじゃなきゃ楽しめないよ~って何回思ったかわからない
こんなとこ(ヘネシスの狩場)で知らない人に囲まれてレベル上げして何が楽しいんだろって
正直つまらないと思ってた
ぜんちゃんが落ちれば、すぐ接続を切っていた私がいたんだよね・・・。

知らない人に囲まれる経験が久しぶりだったからかもしれない
ボンバのオパールという鯖で
毎日のように知り合いばかりの部屋にいた私。
自分から入って行かなくても知らない間に知り合いだらけになってたもんね
数えたらキリがないくらい
ボンバに知り合い多かったね

強くもなく、撒きもできない私だったけど
それでも遊んでくれるみんなが好きだった

そうやって知り合いと、気が知れた相手といるのがオンラインの世界でも普通になってて
知らない人と新しく友達になるっていうのを忘れていたような気がする
知らない人っていうのは、友達の友達でもない人のことね

まったくつながり、関係のない人
オンラインで生きていれば色んな人に出会う

ボンバでは知り合いと遊ぶのが楽しかったっていうのは
戦い方が特殊な人をちょっと嫌だと思ったり
とりあえず 『楽しみたい』 っていう気持ちが強かったからだろうね

新しい人がどんな人か知らないとなかなか遊べなかったあの頃。


今、メイポで遊んでて
ホントに色んな人と知り合った
すごい優しい人、楽しい人、色んな人がいるね

そういった人と関わってると
自分の考え方がどんどん変わっていく

ああ・・・そういう考え方素敵だな^^ とかね。
そう思うと、その 『素敵』 に近づきたくなる


昨日・・・メイポの友達と話してて
『良いこというね^^』 って言われたときにここで語ってた時の気持ちを思い出せた

ああ、私って誰かに何か伝えたくてこういう語りしてきたんだなって
その 『何か』 っていうのは
一緒にいたり、関わったりする中で私が何かを感じたときに生まれた思い。

メイポではレベル上げして強い敵と戦って・・・なんていう楽しみもあるけど
それ以上に私はこのオンラインっていう世界に住んでるみんなとの触れ合いが楽しくて
ゲームをして遊んでるっていうより
住んでるっていう感じがしてる

出会ったみんなに色々言えたり、ちょっとした幸せ気分を与えたり
そういうのが私の楽しみなんだな~^^ってホント思う。

みんなとの時間を満足に取れてないけど
こうやって人と触れ合って色々考えていくのが私らしい よね?

語りは
ホント好きなんだ^^

これからも色々みんなに伝えていけたらなって思う
気持ちが不安定になりやすい私だけど
それでも見守ってて欲しいかな

ワガママでごめねw
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by sakura-smile | 2005-04-07 23:41 | 櫻の語りまくり
生きがい
人のために何かをするのが好きで
その人が喜んでくれるのが嬉しくて
そうやって誰かのために何かをすることにちょっとした生きがいを持ってきた私。

『人のために』 何かができることって響きはいい

だけどね
人のために何かをするのを生きがいにしてると
ふっと・・・ その人のために~っていう 『その人』 が自分の周りに感じれなくなったとき
生きがいを失ってしまったような感覚に陥る


誰かにために何かをすること
誰かに必要とされること

すごく自分の存在価値を見つけられる


決して悪いことじゃないんだけど
もう少し1人で生きられる力をつけないとダメだね

誰かのために~と頑張れても
その何かがなくなったときに頑張れない人になるのは
良いことじゃない。

なんとなく・・・
そう、なんとなく 淋しくなったり、自分って何だろって思ったり。

普段強い私でもちょっと弱い部分があって
その弱い部分が大きくなると
どうしたらいいんだろって虚無感に陥っちゃう

あまりクヨクヨするほうじゃないから
そうやって悩んでみてもすぐ立ち直ったりするんだけど
それでも
そういうことの繰り返しがちょっと人より多かったりするかも?なんて思う

もっと・・・もっと強い人にならないとね。
それか、こんな弱い私を支えてくれるパートナーがそばにいて欲しいね

人って決して強くない
だけど人に弱みも見せたくない

そんな自分の弱い部分を自然に出せる人
そういった人の存在ってすごく大切です

ネットで出会ったみんなには特に
何気なく何でも相談できちゃうあたりすごいことかもしれない
リアルの場合、この人には相談できる内容かどうかっていうのをすごく考えちゃう
マジメな相談してもいいかな・・・なんてね。

ネットでもリアルでも悩みは誰かに聞いてもらうとすっきりするもの
どこにでもそういった気兼ねない友達がいるってことはイイネ^^
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by sakura-smile | 2005-03-27 22:33 | 櫻の語りまくり
どんなことでも感謝の気持ちって大事。
このブログを始めたのが12月22日。
もう少しで3ヶ月が経とうとしてるみたい

書き始めた頃はどんなことを書いたらいいのかっていう不安や
みんなに見て欲しいという願いや
そんな色んな気持ちが複雑に絡み合ってて
書くこと自体に意気込み・・・じゃなくて
ちょっと気軽に書いちゃっても良いのかな?っていう悩み?みたいな気持ちになってたかな

いつの間にか時間が経ち
書くことないやぁ~ヽ( ´ー`)ノ っていうふっきれた気持ちや
それでも何か書かなきゃっていう追われたような気持ちや
色んな気持ちを抱えてここまで来たなって思う

そんな追われた気持ちがちょっと続いたときに
何か疲れちゃって
無理に書かなくてもいいかぁ~って思ってから
ちょっと不定期になってた頃もあったかな(今でも・・・デスヨネ・・^^;

ブログを続けている人が良く言うのは
ブログっていうのは日々の行いや日記みたいな気軽なものなんだけど
見に行く人はどうしても毎日更新っていうのを期待してて
毎日更新されるのを信じてて見に行く

あれ?更新されてない
ん?更新しないのかな・・・
また書かれてないや。。。
そんなことが続くと見てくれる人が減っていくんだよね

私も始めの頃は今日何人見てくれたのかなとか気にしてたから
訪問者数の人数を見ては喜んだり悲しんだりw
訪問者数って言っても見てくれる人の人数をちゃんと出してるわけじゃなく
連続して同じ人が開いたときにカウントしないだけのもの。

私のブログにも解析ツールなんてつけちゃってるけど
あれ・・・実は上手く機能してなくて
他の人のように検索ワードとか同じIPの人が何回来たのかっていうのが分かんないのよね^^;

だから最近はつけてはいるけど付いてるだけ・・みたいな
そんなおまけな状態になってます
全く見てない・・・ような・・・どうでしょ。
ちょっと流行に載ってみたかっただけとでも言っておこっと。

そんな訪問者数なんだけど
それが励みになってもっと頑張らなきゃと思ってたのも事実。
始めの頃は減った増えたに一喜一憂してたりで
毎日家に帰って始めに見るのは訪問者数だったりしたかも

最近はホント気軽に書きたいときに書こう~って思ってるから
ふっとしたときに不定期になったりしてます

それで、びっくりしたのが
ちょっと2日間書かなかった金曜日の訪問者数。
最近減ってるなぁ~と思ってたのが2週間くらい前かな
それから全くといっていいほど訪問者数を気にせず今日まで。

ちょっと2日間くらい書かなかったから
見に来てくれた人ごめんねっていうわけでちょっと見たわけです
そしたらめっちゃ人数多かったんです
めっちゃ・・ってほどじゃないけど
今までに見たことのない数字。

2日連続して書かなかったから何回もこのページを開いてくれた人がいたんだと思う
人数が多いわけじゃなくて
もう書いたかな?そろそろ書いたかな?
そんな風に思ってくれた人がいたのかなと思うと
かなり嬉しい。

さすがに2日連続で書かないことはないだろう・・そう思ってくれてた人に
ペコペコ((-ω-;)(;-ω-))ゴメンナサイと思ってしまいました

書くことは自由だから書いてなくてもいいじゃんって気軽に言ってくれる人もいるけど
そうやって見に来てくれる人がいるのってすごく嬉しいこと
気にしてくれたんだぁ~っていう思いが何より書いてる人にとっての褒美。

今日もこうやってすでに2時45分。
書くの遅くなっちゃって見てくれた人寝ちゃったかも

ブログは自分の好きなことを書けばいい
だけど、そうやって言ってしまってもこのブログというのは
筆者だけのものじゃないように思う
見に来てくれる人がいるから成り立つ
成り立つというのは筆者が書こうという気持ちになれるっていう意味でね^^


金曜日の訪問者数の中で
今日見てくれた人も何人か見てくれたんだろうね
すごく嬉しかったです^^

更新しなかったけど
それでも見に来てくれる
2週間前にちょっとブログやめちゃおうかなとも思ってたりもしたけど
それでもこうやって見てくれる人がいる

それが何よりの私がブログを続ける理由になるように思ったかな^^
ちょっと辞めようと思ってた気持ちにみんなのたったひとつのクリックからだけど
このブログを見てくれてありがとう

そんな感謝の気持ちいっぱいになる数字でした

2週間前・・・
めっちゃ少なくて終わりかななんて本気で思ったりしてたの
それはただ単に数字に拘ったとかじゃなくて
自分の書きたいという気持ちがちょっと薄れていたこと
そして期待してくれる人も少ないんだなっていう
そんな小さな確認みたいなものを勝手にしてたから。

それでもちょっと書いてみようかなと
何も気にせずちょっとノルマちっくに書いてただけだったんだけど
それでも見に来てくれる人すごく増えてた
すごく嬉しかった^^


やっぱりそういった励みがあると嬉しいな
いつも見に来てくれる人ありがとー^^



ちなみに・・・
語りもめっちゃ好きだから何かテーマがあると何でも書いちゃうんだよね
ただ、最近色々考えることなくて
書くこともなかったり

もし、このブログを見てくれる人でこんなこと聞きたい!とかあったら
どんな些細なことでも((φ(・ω・*)かきかき♪してくれたら応えてみます
私風の答えになっちゃうけどそれでも良ければ気軽にどうぞ^^
(非公開でもありなブログなんで自由に使ってね)
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by sakura-smile | 2005-03-14 02:57 | 櫻の語りまくり
ネットフレンド
ネットで出会った友達。
顔は見たことはあっても、一度も会ったことがない人がほとんど

だけど、何故か・・・
ホントの自分を知らないからなのか
自分の周りの人々を知らないからなのか
現実で起こったことを気軽に相談できちゃったりするんだよね


毎日ボンバーマンというゲームにはまっていた私たち
毎日・・・そう毎日のように会うのが当たり前だった人もたくさんいたよね

そうやって 『会う』 のが普通になってて
会えることに疑問を抱かなくて
会えないなんて思ってもいない

そんな人がふっと姿を見せなくなって数日・・・

初めは今日は来なかったんだぁ~と軽い気持ちでいたのに
あれ?いないのかな・・・どうしたんだろ・・・?
徐々に不安が強くなって

もうこないのかな・・・
そんな悲しい気持ちになってしまう

ネットフレンドとは言っても前々から書いてるように
私にとってはリアルの友達と何も代わらない存在。
変わらないというか、区別をしてないというか

『友達は友達』

なんだよね

そう、リアルの友達も一緒
会わなくなって時間が過ぎれば忘れてしまう人もいる

だけど
それでも
ずっと一緒にいるのが普通だと思ってた人が急に消えてしまうのはすごく淋しい

ネットってちょっとしたリアルの用事があると姿を見ない人も多いけど
そういう事情を知らないと
知らなくて会えない間にすごく不安になっちゃうね

・・・って私だけかな(;´ω`)

私ってすごく淋しがり屋さんで
誰かにかまってもらいたいのかも
そばにいて欲しいとか
必要とされたいとか
そういう気持ちをすごく強く持ってるから
急に消えないで欲しいと思ってしまうのよね・・・^^;


最近こんな気持ちにちょこっとなったので((φ(・ω・*)かきかき♪してみました
そこにいるのが普通だと思ってる人の存在って大きいね
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by sakura-smile | 2005-03-06 00:00 | 櫻の語りまくり
何事にも余裕があると心豊かになれるよきっと
そろそろ受験生も落ち着き始めてきた頃だね
まだ頑張ってる人は最後までがんばれ~!!O(≧∇≦)O

今日のテーマは 『受験』 & 前回書いた 『勉強すること』 に関してもちょいちょい。
関係ない人も読んでくれたら嬉しいかな^^
|ω・。)ちょっと前に書いておいた内容だったからかぶってるとこ許してね♪


『 受験 』
そのたった1日試験を受けるために
その学校を受けるために
みんな遊ぶのも我慢して長時間慣れない机に向かって勉強する

受験は受験生本人だけの問題じゃなく
両親も手が出せないだけに子供以上に心配という気持ちだけ強くしてる人だってたくさんいるはず
それが親心。
どんなに気にしてなさそうでも意外と思ってるものよ^^
うちも放任主義ではあったけど 『どこへ行っても信じてる』 と思われてたからかな
その信じられてる期待にだけは応えないとと思ってたし♪

俺勉強してないよぉ~って人は入れるところにたまたま入りたかっただけってことで
上もあれば下もあるからね自分の今いる位置より上を目指そうと思えば頑張らないとだからb



私はレベルの高いところへ行けるのがすごいことだとは思わない
『俺○○高校、○○大学出身なんだぜ』 なんて言ってるのも
そんなにレベルや知名度だけを重視して学校を選んだんかいっ!!て突っ込みたくなる
人に自慢するために入ったのか と

学校ってそんなもんじゃないと思うんだよね
・・・とは言いつつも合コンすれば大学の場合は知名度で彼女&彼氏(σ・∀・)σゲッツ率が違うから
そういうのが目的な人は頑張ってね(*'ω'*)bb

たまたま行きたかった学校のレベルが高かっただけ
校風や部活動や行事やそういったものを気に入って選んだ高校がたまたま高かった
レベルっていうのはそういうものだと思う
だから逆に考えると
レベルなんてどうでもいいんだぁ~っていうわけでもない話になるのよね
『みんなが行きたい学校』 だから 『人が集まるからレベルが高くなる』
それだけの魅力がどこかにあるってこと
それが何かっていうのは学校によって違うだろうけどね
|ω・。)合コン成功率とか・・・w

私が高校受験をした年が何年前・・・っていうのは言えないけど(;´ω`)ばれてるわなw
私が受験可能な地区では唯一の私服で通える学校が受験校の中ではTOP校だった
今はどうなんだろ


どこに行くかではなく、そこで何をするかが大事
何を考えどんな経験をするか
それによってその後の人生大きく変わるからね

だけどそれは
何かをする 『場所』 がどこであるかも重要なこと
受験といって勉強を頑張るのはできるだけハイクオリティーな環境を提供してくれる場所に行きたいから
自分の可能性がどこまで伸ばすことができるかを知りたいから

高レベルなとこへ行くのがすごいことじゃないとは言っても
そうやって頑張って入ったとこに集まってきた仲間たちはきっと自分に素敵な刺激をくれるはず
努力もせずに入ったところには
自分の考え方の違いでどうにでもなるから何も得られないとは言わないけど
刺激の大きさが違うと言えば違うかな
やっぱり上を目指そうとするにはそれなりの理由もあるのよ
自分が行けるとこでいいじゃない
そう考えるのも自由
だけど、ちょこっとでも頑張って上へ行けるなら
それが自分の行きたいところであるなら頑張ってみるのが良いと思うよ^^


ただ、ひとつ
人には適応できる限度というものがある
人それぞれが持ってる能力が違うように
勉強が得意な人、スポーツが得意な人、パソコン・ゲームが得意な人、働く能力が優れる人・・・
色んな人がいるよね
畑違いの場所で自分の持ってる能力に関係ない場所で頑張ってもツライのよ


レベル30の人が戦いを挑んだとき
レベル40の敵を相手にして頑張って得られた経験値は大きい
レベル30の敵を相手にして得られた経験値は普通
レベル20の敵を相手にして得られる経験値は自分の必要とするものよりずっと小さすぎる
レベル10の敵を相手にしたときにはほとんど何も得られない

上の敵をレベル10の人が挑んだときどうなる?
レベル40の敵を相手にしても勝てないでしょう
一撃抹殺。 カーン ||鐘||ヾ( ̄  ̄)ハイダメー

まったく勝てそうにないとくじけちゃうよね
やる気もなくなるよね
ロマンシングサガⅡだったっけ?初めから敵強かったやつ
あれ初めがクリアできなくてすぐやめちゃいましたw
やり方がいけなかったのかその後何か進んでは行ったけど
まったく相手にならない敵を目の前にして頑張ろうと思えるほど人は強くない

レベル40の敵を相手にしたいなら
レベル10の人は10の敵を倒し、20の敵を倒し、30の敵を倒せるようになるまでレベルアップして
そしてようやくレベル40の敵に挑めるようになる
その途中のステップアップが努力であり時間のかかる作業 それはしょうがない

人には得意なものがある
勉強がレベル60でも、スポーツがレベル10の人 その逆も
それぞれの分野に適応できる場所がある
そういった意味では畑違いの場所で他の人と張り合わなくても良いと思うぞ♪



そもそも現時点のレベルの違いってどこで生じたんだろ

生まれたときから能力が違う才能が違うんだよと言う人もいるけど
『才能』という言葉で簡単に片付けてるだけなんじゃない?と思ったりもする

同じ 『赤ちゃん』 として生まれ
ハイハイもできない、言葉も話せない スタートラインはみんな同じだったはず

そこから両親が言葉を早く話せられるようにと色々教えたり
そういったものを吸収し始めて 『違い』 が生まれる
全ての経験が違いを生んでいく

私が数学を好きであったり、得意であるのは
小学校から 『そろばん』 をしていたから
数字を見るのにも慣れてたし、早く文字も書けるし、
何より数学を勉強するのに何の抵抗もなく 『好き』 であったから
勉強が好きっていうのもおかしな話かもしれないけど
数学・・・算数かな
長文で書かれた問題はとくに好き 『A子さんが~・・・』 ってやつね

そういった些細な違いが積もりに積もって勉強することを苦にする人と苦にしない人の違いが生まれ
それが 『できる』 『できない』 の違いを生むんじゃないかな

宇多田ひかるが音楽一家に生まれてああいった歌唱力やリズム、センスを身に着けたのも
そういった環境が与えられたから

・ 人は好きじゃないことはしたくない
・ できないことは好きになれない
・ しないとできるようにならない

上の3つの 『好き、できる、する』 のサイクルに入った能力がその人の中で大きくなるんだと思う
それが勉強か、スポーツか、音楽か、・・・何でもね^^



自分が納得できる道に進むのであれば努力しなくても良いのかと言うのもまた違う
行きたいとこに行ける力はあるから何もしなくてもいい・・・どう思う?

私は頑張れるなら頑張ったらいいと思う
もし、急に自分が行きたいところが変わってそのときに
行きたいと思ったところに行く力が足りなかったら?
そこから努力して間に合うのかな?

レベル80あったら好きな大陸に好きなときに行ける
だけどそのときにまだ20レベルだったら
たとえ行きたいレベルの大陸が40レベルだとしてもそこから上げて間に合うのかな

私も含め誰だって人というのはいつも発展途上
ここで終わりというものなんてないよ

だからもし、急に何かと出会って変わりたい自分になったとき
そのときに少しの努力で進路変更ができるくらいの力は付けておきたいよね

80レベルあって60レベルの進路に進むのは
余裕がある分他にできることも増える
80レベルあるからって80レベルの進路に進む必要なんてどこにもない
自分が行きたいと思うところが40レベルならそれでいいじゃない
90レベルならもっと頑張ればいいじゃない

ま、80レベルの人が40レベルのとこにいて 『何でこんなとこに・・・』 なんて思ってる場合は
20レベルで頑張って30レベルに行った人よりも人としてつまんないよね
後悔は何も生まないって言うでしょ♪
もっと自分がいる場所の価値を認めてあげてもいいんじゃないかな
どんなところにいても自分の居場所の価値を見つけられる人って素敵よ^^

そういった意味で自分らしく 自分が行きたい道に進むのが良いって言ってみました
いつも心と能力にゆとりを


頑張る人、頑張れる人は素敵ですb
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by sakura-smile | 2005-02-27 20:09 | 櫻の語りまくり
勉強って嫌なものじゃないよ^^
今日は液晶で有名なシャープ(SHARP)という会社の企業展示会&講演に行ってきたので
そのことを書こうと思ったんだけど
昨日の私の記事へのコメントで大人になっても勉強するのかぁ~・・・;; ってのがあったから
そっちについて((φ(・ω・*)かきかき♪しようと思います^^


大阪に研修に行ってきたのは、確かに上司さんに勧められて行ったのもあるんだけど
これに関しては私が受けたくて受けたものだから
まったく嫌じゃないのよ

それよりも、聞いた内容によっては あぁ~めっちゃ.。゚+.Σd(・∀・)。+.゚ イイ時間過ごせたぁ~って
感動さえする。

感動っていうのも、大げさに聞こえるかもしれないけど
良い教え方のできる人って世の中そんなに多くないんだよ

だから、自分が受けた講義の内容が&教えてくれた先生が すごく良かったときって
ラッキーだったな♪って思えるの

同じことを同じように教えても
同じにならないのが教えることの難しさ。

家庭教師してたときもね、きっと色んな先生に教わった生徒さんだっていると思うんだ
だけどさすがに家庭教師の先生だって大学生だったりフリーターだったり
教えることに関してプロなわけじゃない
もちろん学校の先生だって先生の免許もって学校に採用されて授業教えてるんだけど
プロって言えるほど授業の教え方が上手い人ってそうそういないものなのよ

だから
そんな教え方が上手くない先生に教わってわけわかんなくなっちゃったら
教わるほうだって教わりたくない → 勉強したくない → 勉強キライになる
そんな方程式が成り立ってしまうのはしょうがないことかもしれない
悲しいことだけどね

だから今までの人生振り返ってみて
小学校の先生、中学校の先生、高校の先生、大学の教授・・・
自分の人生で教えてくれた人を振り返ってみて
好きな先生、キライな先生っているでしょ

好きな先生が教えてくれた教科・・・キライ?
キライな先生が教えてくれた教科・・・好き?

私もね嫌いな先生いたんだぁ~中学のとき。
すっごく誰からも嫌われてて、それが納得できるようなつまんない先生だったの
その先生が教えてくれた教科は 「数学」

そう。
ここでちょっと(*'ω'*)ん?って思ってくれた人、良くわかってるね(・∀・)b

そうなの。
私ってこの嫌いな先生に教わった数学大好きなのよ
先生が好きなんじゃないよ
数学がね♪

言ってること逆じゃんよ~って思うかもなんだけど
これもまた考え方の違いなのよ

嫌いな先生に教わった教科って十中八九キライになるでしょ
私はね、そう思ったからこそ数学頑張ったんだ(`・ω・´)

この嫌いな先生のせいで数学キライになんてなりたくない、と。

なんか悔しいじゃない
嫌いな先生に自分の人生左右されちゃうかもなんて
そう思ったからこそ逆に頑張って頑張って
好きになってできるようになって、それでさらに頑張れたかな^^


どんな勉強もね自分のためなのよ
小学校や中学校、高校もかな
ここまでの勉強って一般教養でやらされるものがほとんど。
自分で選びたくてやりたくてやってるものじゃないからね

大学の勉強だって同じ
教養課程っていうもの、必修科目っていうものがある
だけど、大学になって初めて多くの用意された講義から好きなものが選べるの
人気のある講義は定員いっぱいになったりで取れないのもあるのよ
運の良い人だけが取れるような貴重な講義もあったりね

そういう講義って 『面白そう』 『ためになりそう』 そうやって自分がやりたいからこそ取るもの
あとはこの講義の単位って取りやすいのよ♪なんて情報の入ったものとか
この先生の講義面白いから取ったらいいよ♪なんていう情報が入ったものとかもね

勉強が自分のためって思えるのは
このブログを読んでくれてる多くの人が感じるにはまだ早いだろうね
きっとね
企業に就職して
自分の力として何かを吸収したいときにこそ感じられるものだと思うの

例えば音楽やってる人
それ上手くなるためにどうする?
色々勉強するでしょ
どうやったら上手くなれるのか、どうやったらすごくなれるのか
勉強して練習して身に付けてものにする。

一概に 「勉強」 って言っちゃってるけど同じことだよ^^
自分がすごくなるために身に付けたい技術。これが勉強。
丸一日机の前に座って話を聞くだけが勉強じゃない。
どんなことも自分が成長できるもの、自分がすごくなれるために学びたいもの 全てが勉強。

今、中学生や高校生の子は特に
やらされてる勉強しか周りにないから好きになれないし、やりたくないかもしれない
まだみんなは自分で選べるまで進んでないから頑張るしかないんだよ

んー・・・ドラクエやメイポでいう転職してない状態ってことかな^^
転職して自分の道が分かったときには
それに必要なものだけどどんどん吸収すればいい
必要なものを無制限に吸収して大きくなればいい

だけどみんなはまだ道が決まってないのよ
何をやりたいか
どんな仕事につきたいか
それを選ぶためにも、選べるだけの力をつけないとダメ。
魔法使いになりたいのに魔力がまったくなかったらだめでしょ
魔法使いになりたいと思っててずっと魔力しかあげてなかったのに
急に武道家になりたくなってもそれ用に力あげてないと良い武道家になれないでしょ

ゲームではね、そのゲームを始める前にもう転職後の姿が決まってるから
みんなは自分に必要なスキルだけをあげればいいんだけど
それはどんな職業が用意されているか決まった中からの選択だからできること

本屋さん、パン屋さん、ミュージシャン、スポーツ選手、芸術家、大企業の社長、銀行員、公務員、・・・
世の中にはねみんながまだまだ知らないような仕事がいっぱいあるの
それがすっごい面白いことだってたくさんあるの

そういうものに出会ったときに
勉強キライだからとさぼりまくっていたら なれるのかな。
力足りるのかな。

今はやりたくない勉強かもしれないけど
やれば、できるようになれば、
可能性がどこまでも広がる選択ができる。

やりたいことが出来る人になっていたいよね
やりたいことが選べる人になっていたいよね


私が今勉強することは全て自分のため。
勉強すればするほど良い商品開発の力になるの
そうすればみんなに゚+.(ノ゚ω゚)ノ゚+.゚オォォォォォ!と言わせられるような商品が作れるかもしれない
だから勉強してるのよ^^

全ては自分のため。


今は勉強が嫌だとしか思っていない人も
やればやるだけ自分のためになるから^^

やらないのは、できないからと放置するのは逃げだぞ♪
やれば絶対できるようになるから
誰にでもできないことなんてないから

できない間にやるのがツライだけ
できるようになればやるのが楽になれるから

みんなの可能性がちっちゃくならないことを願っています^^



p.s.
大人になってから勉強する人はそんなに多くないよ
勉強してるって思わないって言うほうが正しいかな
好きなことをやってるだけなのよ^^

もし、あなたがそんなことをやりたくないと思うなら
きっとそんな仕事にはつかないから大丈夫。

自分に合う仕事がやっぱり楽しいしやりがいもあるし.。゚+.Σd(・∀・)。+.゚ イイよ



以上。櫻からのメッセージでした(*'ω'*)
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by sakura-smile | 2005-02-24 21:10 | 櫻の語りまくり
『オンラインゲーム』 というビジネス ~ 夢と現実 ~
知ってる人も何人かいるとは思うのですが
昨日から色んなボンバーマンオンラインギルドHP(ギルドHPじゃないやつもかな?)で
あるひとつの書き込みがなされてます

それは 『BO再開署名活動』

このブログを見てくれてる人たちの名前も数人( ・・・10人以上b )見つけました
既にハドソンに送られたのか、「書名1」 と 「署名2」 は今日は見ることができなかったのですが
昨日見ただけでも
ああ・・・みんなホントにボンバーマンオンラインを愛してた人ばかりだなっていうのが伝わってくる
そんな名文ばかりでした

ハドソンに送るということで、社会人の方々に送るものとしては
ふざけすぎてる内容じゃないかな?っていうのもあります
だけど、そんな文章でもみんなの 「気持ち」 がこもった素敵な文章だなと思って見てました


私もつい先ほど書き込みをしてきましたが
数分後には何件か書き込みが追加されてるほどアクセスが混んでます
昨日各HPの掲示板に書き込みがあって
今日までに書かれた再開希望署名の数々

さすがに昨日の今日で((φ(・ω・*)かきかき♪してる人たちなので
まだボンバーマンを忘れられずに数日に一回、毎日でもボンバ関連のHPを回っている人たちなんです
そういう人たちのカキコを見て、未だにボンバを忘れられずにいる人が多いことを改めて感じました
それだけのゲームだったんですよね

暇つぶしの道具なら別にどんなゲームでも
ボンバーマンオンラインに拘らなくても遊べればいいはず

だけど、1ヶ月経ってもみんなが忘れられずにいるのは
あそこで出会った 「みんなと遊べる場所」 「みんなと会える場所」 があの世界にしかないから
そうじゃないのかな なんて思います

確かにボンバーマン自体もかなり面白いものです
ですが、一緒に戦ってくれた萌えさせてくれたみんながいたからこそ楽しかったんだと思うんです
「みんな」 というのは友達じゃなくても
ボンバでしか会わないけど戦いたいと思える人全てです

『ボンバーマン』 がやりたいだけならコンピュータゲームでいいはずなんです
PS2でも、エミュでも・・・
だけど私たちはオンラインならではの面白さをあのBOで知ってしまった
今さらコンピュータ相手に萌えられないんですよね

会話も楽しかったです
戦いも面白かったです
出会えた人が素敵だったんです

だから忘れられないんです


リアルに戻るのに大きな決断がいるほどはまれるゲーム
正直、はまっていいのか、時間を費やしていてもいいのか
悩みます
ネットゲームがどんなに楽しくても面白くても
リアルの自分がやるべきことは出会うべき人は他にたくさんあるはずなんです
そう思うと
このままボンバーマンが復活しないほうがいいんじゃないか
そう考えてしまうほど自分じゃコントロールできないんですよね(;´ω`)

でも、それは自分の問題
ちゃんと自立できる人は自分を持って割り切れる人たち
私もやりながらやらなきゃならないことと戦って色んな思いをしてきました
それもまた素敵な試練でしたw

楽しかった というただのゲームだと思うには
あまりに素敵な時間を過ごせたゲームだったんです
今もこうやってボンバで出会った人と真面目な話もできる
ゲームという遊びの世界で出会ったみんなに 「人」 を感じてるんです

この署名活動がどれだけ影響を及ぼせるかは分からないけど
みんなの素敵な署名を見ていたら
『ハドソン』 という会社の目玉商品的ゲーム 『ボンバーマン』 に携わってきた人は
署名を見てなくても復活させたいと思ってくれてることだと思います
BO = オンラインボンバーマン は無いけれどもハドソンからボンバーマンが消えたわけじゃないですからね
おそらくBO担当部署も残っているはずだと思います
いつか復活を夢見て・・・




さて、ここまで復活して欲しいとか色々書いてはみたのですが
これはあくまで夢の話
『期待』 や 『希望』 といった 『叶うといいな』 という願いなんです

再開するための現実は決して簡単ではないです
それは、ハドソンが 『会社』 だから

私も今年会社に入って開発職について
夢を追いたいとは思っています
みんなが使いやすいもの、感動するもの、健康に良いもの
何か 『良さ』 を求めて惜しみなく限りない追求をしたいと思ってるんです

ですが、現実はそんなに優しくないんです
私が 『こういう考えでやりたいんです』 と言っても上司の人から許可がでないんですよね
それは

「利益を生まない」 から

私はこの考えを初めて感じたとき
ああ・・・この会社の使う人のためにとか言いながら結局はそこなのか と減滅しました
『お客様の満足を1に考え努力を惜しまない』 素敵な会社だと思って入ったんです

結局は 「顧客満足」 よりも 「利益重視」 なのか と

そう感じたとき
「こんな会社にいても面白いのかな」 とこの会社にいる自分を嫌に思ったりしました


だけど
違ったんです

利益重視ではなく、顧客満足を追求したいための利益だったんです
会社はボランティアでは生き残れません
生き残れなければ何も提供できません
『魅力 = 夢』 だけではダメなんです
『実績 = 利益』 が必要なんです

実績を得られて初めて夢を追うことができるんです
だから企業というのはどんな形であれ利益を得るからこそ何事も行っていけるんです

このブログも 「無料」 じゃないか
無料でもちゃんとこんな素敵なサービスしてるじゃないか そう思う人
このブログにもちゃんと 「会社にとっての利益」 が生まれてるんです

ブログというサービスは
使う人がホントに自由に何をしても良いことになっています
日記や雑記を書いたり、リンクを持ってきたり、小説を書いていたり、ナイショな話をしていたり・・・
そのブログには色んな情報が込められています

私がこうやって書きまくってきた内容も
書いたのは私なんですが
それは事実なんですが

「著作権」 は私には存在していません

全てブログを管理している企業のものなのです
それが約束されているのがブログなのです
エキサイトブログであろうが、他のブログであろうが 全ての記事の著作権は企業にあります
つまり無料のブログを提供している企業は
『情報』 という 『価値の高い利益』 を得ているんです

そうやってどんな形であれ利益を得るからこそ成り立つのが会社なんです



ハドソンがボンバーマンオンラインのサービスを停止した理由が
ハドソンの赤字だというのは有名な話です
どんなに面白く、みんなに好かれる愛されるゲームを作れる技術があっても
利益がないと会社は生き残れない
つまり、ゲームも作れないんですよね

ハンゲやメイポをしていて思ったのは
人にお金を使わせるのが上手いなということ
一時期課金されたパンヤが無料サービスに戻した理由
それがボンバーマンオンラインが課金された形で運営されない理由に似た部分があるんじゃないかな

他の課金されたゲームを知らないので間違ったことを言ってるかもしれないけど
毎月課金される形で運営されているゲームってどうなんだろうって思います
ハンゲやメイポが上手いなと思ったのは

誰でも気軽に遊ぶことができる

すごく重要なことだと思います
やってみないと、面白いかわからない
私たちはボンバーマンオンラインというゲームを、その楽しさを知っているから課金でも遊べると思います
ですが、私たちだけでは足りないんです
もっともっと多くの人が参加してくれないと足りないんです

そう考えたときに
やってもいないゲーム 課金できますか?

メイポやハンゲは遊ぶだけならお金がいらないんです
0円から始められる 無料だから遊ぶという人はやはり多いです
どんなにボンバーマンの楽しさを知っていても、「無料なら」 と思う人もいます

しかも、問題なのが 『毎月の課金』
他のゲームを知らないのでなんともですが・・・毎月ちゃんと払えます?
高校生以下はカード払いができません
コンビニへ行ったり、振込みをしたり
どうしても 『面倒な行為』 が必要になってくるんです
そう考えたときに
初めはやっていたけどやめちゃった・・・って人も増えてくるかもなんです

あと、現実に戻りたいと思っている人
ただ、デスクトップにあるアイコンをクリックするだけで遊べなくなったときには
誘惑に負けるためには
「お金を払う」 という 「1ステップ」 が入り込んできます
止まりたい人は止まりやすくなってます

誰でも気軽に遊べてそれでお金を集めるためには・・・
お金を使いたい人に自主的にたくさん使わせるのが良いんですよね
友達でハンゲのガチャガチャに何十万っていう大金使った人がいますw
(見てないよね・・・...A;゚∇゚)/w

人が使ってると自分も使いたくなるという不思議な現象
友達が髪型を変えたっていうと私も何かしたくなったりします
そういうみんなの興味を引いて
楽しく遊べて & みんなが遊べて & 利益も得る

たまにハンゲで間違い探しとかアイテム使ってる人を見ると
そこまでして勝ちたいかぁ??(;´ω`)って思います
ボンバでアイテムにお金をかけるタイプがあると
実力勝負にならないので面白さがすごくなくなってしまいます
かと言って、衣装にお金をかけると言っても
おぱで見かけたほとんどの人が 「ノーマルキャラ」
つまりシンプルであればシンプルなほうが好まれてたんです

だから、
ボンバーマンというアクションゲームで利益を生むのは難しいだろうなと正直思っています
毎月の課金にしても
自主的に何かを買わせるにしても

どちらでもホントに成功するのだろうか?
利益を信じて運営するにはあまりにも危険な賭けではないだろうか と


それでもボンバーマンオンラインの復活を望んでいる人がすごく多いのは確かなんです
私も、みんなも忘れてないんです

ハドソンのボンバーマンに対する思い
そして私たちの願い

今回の署名でのみんなの熱い気持ちを見て
ボンバーマンオンラインに関わっていた人たちが何か 『賭けてみたいな』 と思ってくれたらいいなと思います
ゲーム会社に勤めた人たちが
その会社に勤めたいと思った頃の夢を追いかけていた気持ち
今も持っているはずなんです


いきなりな終了ではあったけど
ちょっとどんな形の利益を追求したら人が集まるのか
それこそ、β版とかじゃなく
『有料方法のお試し期間』 として再開してもらいたいなと思ってみたりしました

私も一開発者として夢を追い続けたいので
ゲーム会社で働く方々にも夢のために頑張ってもらいたいと願うばかりです
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by sakura-smile | 2005-01-26 23:08 | 櫻の語りまくり
人生の師、心の師と思える存在に気付く力
昨日書くこと決まってたのに先日の1日2回投稿で満足寝してしまった櫻デス(*'ω'*)

その書きたかったことというのが
こぶのブログ 『雑学との出会い~エピソード②~』 での一言
「ほんまや!!先生、めちゃめちゃええことゆーやん!」
私が書いた 『櫻ブログ★SmileHeart★』 への想い(続) でのしんのコメント
「櫻はなんていうか、こういう先生がいたらいいなっておもう」

こぶの記事を読んで
『ぁぁ・・こぶはすごく素敵な人に出会ったから今の素敵なこぶになってるんだな』
『こういう先生っていいなぁ~』 って思いました


ぺちょブログとのトラックバックで語ってきた
「全ての結果は自分が生んだもの」
どんな経験をして、どんな考えをしてきたかによって人というのは十人十色まったく違うものになる
その 『経験』 のひとつとして、自分がどんな影響を受けて過ごしてきたかというのが非常に大きな 『違い』 を生むのだと思うんです

私はこぶの記事を読んで、・・・私にもこういう先生がいたかな?と考えてみました
『(〃 ' ')ほぉ~』 『その考え方すごぉぉおおおおおい』 と思わせる雑学の持ち主
『そんな先生みたいな考えが出来る人になりたいっ!!』 と思うような人物
思い返しても自分にとって 「この人だっ!」 と思える存在の人は出てきませんでした


私って・・・こういう経験してなかったっけ?
何度も何度も考えました

こぶみたいな先生には会ったことがないのに、それでもしんからこんな先生がいたらいいなと思われるような考え方ができる
それってどうやって身に付けたんだろう と

確かにこぶのように
『勉強は、これからの人生を楽しむための大切なルールなんやで』
そんなふうに教えてくれた人はいなかったです

私も同じようにもっと若い頃にそんなことを聞けていたら
自分の人生違ったものになれてたかもなって思うんです
すごく素敵ですよね?
自分が 『嫌だ嫌だ、こんなのやって意味があるの?』 と思いまくっていたものが
先生のたった一言で全て 『意味あるもの』 になるんですから

私はどんなことも考え方の違いだと思っています
自分がそれに価値を見出せるかどうかは自分次第だと思うんです

たとえば Aさん Bさん Cさん がいて同じ境遇の中で同じ時間を過ごしたとします
テスト前にゲームしちゃったとしましょうか
Aさん: ぅあああやっちゃったぁあーーもう明日のテストダメだぁ遊んだ俺ってなんてダメなんだぁああ
Bさん: 遊んじゃったけど、楽しかったし気分転換にはなった うん。今からちょっとやってテストガンバロ
Cさん: あ~楽しかった♪あ・・明日テストだ・・・まぁいっかぁ~

簡単な例なので伝えたいことちゃんと伝わらないかもだけど
同じようにテスト前にゲームをしてしまった3人
同じ経験をしたのにも関わらず考えることが違うんです
それによって気分も違えばその後も違う

同じ経験をしても 『何を思い、何を感じ、何を考えるか』 それによって 『違い』 が生まれるんです

どんな結果を生むか
同じ時間を同じようにすごしても同じ人にならないのはそういった違いがあるからじゃないかな?
なんであいつだけ・・同じことしてるのに・・
そういった 『見える範囲での同じ』 があったとしても 『見えない範囲の違い』 があるもんだと私はそう思っています

それが 『違い』 であり 『価値を生む力』 だと思います

確かに、私にはこぶのような直接に 「この人だっ!」 と思える人はいないんですが
私はそうやって 『師』 と呼べる人がいなくても
人から、雑誌から、TV番組から、ニュースやドラマや小説や・・・
そういったもの全てから自分が変われるものって得てきたなと思うんです

そう考えたときに 「人生を楽しむためのルールだ」 とそこまで教えてくれた存在ではなかったけれど
1人の人が私の頭に浮かびました

それは予備校の数学の先生です


浪人時代 河合塾に通っていたときに
『理系医学系クラス』 で授業を取っていた時のことです
塾には 「人気先生」 っていうのがいるんです
この先生の授業は 分かりやすくていい、ためになっていい、丁寧に教えてくれる
色んな要素があって 「人気先生」 には人が集まります

集まると言っても自分の時間割に当てはめられた先生が他にちゃんといるわけで
人気先生の授業に当たった人は羨ましいなと思うだけで自分が選べるものではなかったんです
だけど、誰だって 「予備校 = 受験 = 自分の人生」 がかかってる大きな時間には
最善な時間を用意してあげたいですよね
そう思ったら自分の先生よりもその 「人気先生」 にお忍びで授業を受けたいと思うのが普通

私も行きましたその人気先生の授業へ
確かに丁寧で黒板もちゃんと書いてくれて、なぜそういう結果を導けるのかという理由を教えてくれる
真面目風なその教え方は塾からも信頼が厚いんだろうな というのが分かるそんな先生でした

ですが、
数回その先生の授業を受けて、私はその人気先生の授業取るのを辞めました
他の人たちは人気先生の授業の席が取れずに立ってまで受けてる人もいたくらいですが
私は始めから自分に用意された数学の先生の授業へ戻ったんです
人気先生に受講生を取られたその授業はかなり人数が淋しく
広い教室は人気先生に取られ、狭い教室の授業でした

だけど私はその先生の授業が好きだったんです

その先生の教え方は裏技っていうわけじゃないんだけど
難しい問題なのに難しさを感じさせない
゚+.(ノ゚ω゚)ノ゚+.゚オォォォォォ!???そんな考え方があるのかぁあああ~
その授業には私なりの 『感動』 がありました
先生が私に教えてくれたことは数学の解き方だけだったけれど
私が学んだことは
難しい問題を難しく教えるのは簡単
難しい問題をいかに簡単に教えるかが難しい
ということでした
これはきっと、人気先生の授業も受けてないと分からなかったことですね
同じ問題を解いてくれた2人の先生を見たからこそ
『伝え方によってこうも違いが生まれる』 ということがわかったんです

この私が好きな先生は確かに数学しか教えてくれませんでした
だけど、
私が感じたこと、考えたこと
それは数学ではなく 『考え方の違い』
このとき感じた 『感動』 が今の私につながっているんだと
自分を大きく変えるほどの影響を与えてくれたこの先生の存在は忘れていません


私のこの先生の場合は
『こういう考え方がすごいんだぞ』 っていうのを教えてくれたわけではありません
私がただ数学の解き方として((φ(・ω・*)ほぅほぅ と感じただけでは分からなかったことだと思います
そして、人気先生の授業を受け続けていたら分からなかったことです
みんなが良いというものよりも自分が惹かれたものを選んでいたから得られたものって大きいです

人生の師、心の師というのは
そんな自分の周りで起こる些細なこと、小さなことの中にあるのかもしれないですよ
何を 『自分の師』 だと感じるか
それによって大きな違いが生まれるものだと思ったりしてます

もし、『勉強は、これからの人生を楽しむための大切なルールなんやで』 と言われても
そんなん分かってるけど嫌なもんは嫌なんや
そう思ってしまうだけだったら
感動もありがたみも何もありませんよね

何か自分の周りの起こったことをどう感じるか
人はこうやって、そのときの感じ方によって違う人になっていくんだと思います

私のブログを長いからと読まない人もいれば感心して読んでくれる人もいる
人というのは同じ出来事が周りに起こっていても違う行動を取るものなんです

どっちが良いとは言えません
それが個性であり、自分らしさを生むものだと思います



私がこうやってみんなに語りに入っているのも
全て私の経験からです
『ぺちょのブログが面白いのはぺちょの経験値からなる』 と自信を持って言っているように
どんなものを出していくかというのはその人がどんな経験をしてきたかが影響してるんですよね

私にはこうやって色々説いてくれた存在が周りにいたわけでもないです
こんな考え方素敵だなと思えるような人生の師と言える存在もいないです
だけど
私がこうやってこんな先生いたらいいな と思われるようなブログが書けているのは
今まで色んな人と接してきて
不安や悩みを抱えている人に 『何かしてあげたい』 『何かできることないかな』 『こうしたらどう?』
そういう自分ができることを何かしてあげたいという思いから
色んな人の相談を受けてきたり、悩んでそうな人に勝手にアドバイスしたり
お節介な部分が多かったのも否めないです
だけどその中で
ちょこっとだけでも考え方が変わって相手の人が前向きに何か変わった様子を見せてくれると
すごくすごく嬉しかったんです

それが私の経験であり、個性なんです
だからこういうブログになってるんだと思うんです


しんがコメントを書いてくれたのを見て思い出したことがあります
私、先生になるなら小学校の先生になろうと思ってたことがあったんです
それは自分が何かをして変わっていく姿を一番見れる時期だから
間違っていること、悩んでいること
色んな経験をしてその人の人格形成に大きな影響を与える大切な時期

でも、小学生じゃなくてもいいなと思ったのが
家庭教師をしてからです
小学生、中学生、高校生・・・全ての受験生を教えてきました
生徒は全部で6年間で8人
色んな生徒がいました
悩みや不安を素直に打ち明けてくれる子、悩んでそうなのに何も言わない子
色んなタイプの子と接してきたからこそ
何も言わない子の不安も気付いてあげられる気遣ってあげられる人になれたのかなと思います

こぶの先生が 『勉強は、これからの人生を楽しむための大切なルールなんやで』 と言ったのは
きっと誰かに言われたから気付いたことではないと思うんです
悩みを抱えた生徒を見てきて自分がその生徒たちにしてあげられること
そう思ったときに
その悩んだ生徒たちを救うために出したひとつの答えがその言葉だったと思うんです

私も、そしてこぶの先生も
教える立場、誰かを救おうとする立場から出した考えで初めて
自分でも良いなと思うような考えを出せたりするんですよね

そういう家庭教師を通して、相談をしてくれた人を通して、今のブログを通して
私も成長させてもらってるんです


何をどう感じるかによって
自分を変えてくれるものは自分の周りにいくらでもあると思うんです
学校の先生、教え子、友達、家族、恋人、ゲーム、TV、本・・・
自分に影響を与えてくれるものは全て 『師』 です
大事なのは 『師』 と思える存在に気付けるかどうか
与えてくれたものの大きさに気付けるかどうか

そうやって教えてくれる立場の人がいないから・・というのではなく
それに気付ける自分がいるか
それが大事だと思います

分かりにくい説明やどうしても反抗的になりたくなるような言い方をされたとしても
その中にも何かあるはずなんです
私もバイト始めたときの店長の考え方は理解できませんでしたw
だけどそういうものも分かってくるとすごいなって思えるんです
分かりやすく教えてもらわなくても気付ける力があれば
何だって素敵な自分に変えてくれるものになるはずですよ

゚+.(ノ゚ω゚)ノ゚+.゚オォォォォォ!という感動が出来る人でいたいですね




私が((φ(・ω・*)かきかき♪してるとこでのコメントで良い言葉見つけちゃいました
心さん:
無意味⇒意味ある事になるかもしれないんだから、何事もチャレンジして損はないんじゃないかな。
幾つもの未来が自分には待っている。その時、自分の力になるのは過去の経験量。
だから自分にとって無意味な事でも、自分の経験の一つとして取り込みたい
ヴぁー:
無駄もパーソナリティ

前回の記事でのコメントです
こうやって私も誰かが書いてくれたものから色々吸収させてもらってます
(* ̄- ̄)ふ~ん・・・と流しただけでは得られなかったものが
こうやってちょっと目を留めて感心するだけで違うものになるんですよ^^

だからこそ本気の語りがやめられないんです(ノ´∀`*)
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by sakura-smile | 2005-01-23 13:30 | 櫻の語りまくり
学生と社会人の違いって(続) 『社会人の責任』
昨日の記事 『学生と社会人の違いって』
トラックバックで持ってきた内容について((φ(・ω・*)かきかき♪したものだったんだけど
そこからお客さんが来てくれて熱く語ってくれました

こうやって言いたいこと言い合うのっていいですね
お互いの意見が食い違ったり理解できなかったり
そいう風になると喧嘩っぽくもなることもあるかもしれないけど
ちゃんと補足してくれるとまたまた考えが深まるっていうか
色んな人が色んな方面からコメントしてくれると視野が広まります

私も昨日書いた内容を自分で振り返って
勢いで書いたものの・・・というよりもあの記事はまだ学生である子たちに読んでもらいたくて書いたって文章になっちゃったから
社会人さんからしたら 『んー?』 ってなって当たり前だったかなと思います
わたしのブログって社会人の友達も多いけど
それでもやっぱり学生の子たちが多くて
そういう子たちに将来の自分みたいなものを見てほしかったから ついつい書いちゃいました

それで今日は 『社会人の責任』 についてちょっと((φ(・ω・*)かきかき♪



はむさんのコメント見て社会人の責任の重さをすごく感じました
重さっていうか重圧っていうか
何をするにも失敗したらどうしようっていう思いがつきまとう
どうしようっていう気持ちだけの問題じゃないね
形ある責任・・・弁償なり何か失敗を誠意ある 『もの』 でカバーしなければならない
それが社会人であること

特にはむさんや私も・・・料理人さんとかも全員ね
何か 『もの』 を作ってそれをお客さんに使ってもらう仕事というのは
使ってもらったときに発生したトラブルは全部作った人の責任
ちょっとしたものから命に関わる重大なことだってある
家を作って傾いたり崩れたり、料理に菌が入っていたりアトピーの原因になるものだって
何が入っているかを提示しなかったお店の責任になる
私の場合も・・・
製品を新しく開発して世に出してるわけだから
それを使ってくれたお客さんが何かとらぶって病院へ行こうものなら
『○○会社の□□という製品が~・・・』 なんてニュースにさえなるよきっと...A;゚∇゚)/
それだけ重い仕事してるんだよね

仕事の内容によっては趣味みたいなものもあります
パソコンが好きでゲームが好きでゲームクリエイターになった人
HP作るのが好きでWebデザイナーになった人
そういう創造する仕事って楽しそう~って思います
でも、彼らにだって責任がないわけじゃない
彼らが一番ツライのが〆切り
24時間解放されないアイデアの創出
フリーな時間でさえいつも仕事のことを考えてる人が多いのがこういう仕事の人たち
そしてデザインという才能に頼る仕事なだけに
いつでもアイデアって出てくるものじゃないんですよね
他の人と違う 違う上で素敵な奇抜な
そういった特別なものを出し続けるのってノルマがある仕事よりずっとずっとキツイ
終わりなき戦い
でも、戦いたいのにアイデアという武器がない
そんなイメージが私の中にあります


でも、そういったツライものをクリアしていくからこそ
『一人前』 の人になっていくんじゃないかなと思うんですよね
社会人になったばかりの人って
仕事もバイト感覚だったり、責任っていう言葉をどこかで軽く見てる
それは 『責任=自分の責任』 っていう考えがあるから

一人前の社会人の人って・・・ってこれも私の考えでしかないんだけど
『責任=会社の責任』 っていう考えが出来る人なんじゃないかなと
もちろん失敗を犯した自分の責任だと言うのは重々承知の上での話ね
仕事というのは会社からだけじゃなく
その仕事を与えてくれた相手(お客さん)からもお金をもらってるんです
つまりは、『ちゃんとしたものを提供してくれるはず』 という信頼関係がそこには存在するわけで
失敗したりミスをしたらその信頼に応えてないことになってしまいます
『信頼』 というのは失ったらそう簡単に取り戻せないんですよね
友達だってそうです
ましてお金が発生している社会においては裏切りくらいの勢いがありますからね
だからその信頼を失った代償は大きなものがあって
自分が犯したものでも
自分が存在している会社が犯したミスになるんです
つまりは自分を雇ってくれてる自分の生活を助けてくれてるものが危機に陥るんです
仕事を長年やってキャリアを積んで上に昇った人ほど
その思いは強いんじゃないかなと思います

入社1年目の私が今ミスをしても上司の責任になるんです
それは私に仕事を任せた上司が悪いからという考え
監督不行き、管理能力のなさ、任せて良い仕事と部下の判断誤り・・・
色んな理由によって上司に責任が乗りかかるんです

ですが、そんな上司ももとは新入社員だった時期があったわけで
同じようにミスもしただろうし
同じように何をして良いのか分からなかった時期があったはずなんです
そうやって経験を積み重ねてたからこそ今のような一人前の人に成長してるんだと思うんです
慣れという言葉が使えるかどうかは分からないけど
何をしたらミスをする
何をしたら上手くいく
そういうのを経験して
会社の責任を背負える人になっていくんじゃないかなと

仕事始めたばかりの人って
『自分』 しか見えてなくて
自分がキツイことでいっぱいいっぱいなんですよね
バイトだってそうです
慣れてない頃は上手く行かなくて不満があったりするものなんです
私は5年間同じバイトをやって
そういう不満に思っていた自分、そして任されてからこそ見えるもの両方を知っています
それは続けてみないと分からないもの

『つらいな』 と思ったときに辞めてしまっては
何も見えてこないと思うんですよね

責任の重圧は社会に慣れていない私たちからしたら支えきれないものです
感じれば感じるほど重くなります
だけど、そういった重さを感じるからこそ
人っていうのは成長できるんじゃないかなと思うんです

ゲームのレベル上げだってそうじゃないですか(・∀・)
自分のレベルより弱い敵倒してても経験値もらえないですよね
強い敵って頑張って倒したらいっぱい経験値くれるじゃないですか
レベル早くage♪(*n'ω')η゚。+したいときには頑張っちゃいますよね?w
それと同じように強すぎる敵って
叶わないと思って逃げたくなるんです

戦う
守る
アイテム
逃げる ←

だけどそこで頑張ってみたら
アイテムいっぱい使いまくっても
頑張ってみたら
勝てるかもしれない
どこかにそんな思いがあって戦ってみたくなりますよね
そうやってきつくても死にそうになってもHPが1になってもあきらめずに
最後まで戦って得られた経験値って
レベルが2も3もあがったりして
すごく嬉しかったりするもんです

そうやって最後まであきらめずに戦ったら
逃げただけじゃ得られなかったものを手に入れてるはずなんです

責任という敵は強いです
学生の間には会ったことのない強敵です

だからこそそんな敵を目の前にして逃げるのってもったいないじゃないですか

戦って負けても負けても立ち向かって勝ちたいですよね
そこであきらめちゃったら終わりなんです

そうやって余裕で勝てるようになったとき
それでつまらないと思えたときには辞めたっていいんじゃないかなって思います



はむさんの仕事のように土木建築の仕事って
弟を見てるからわかるけど
行きたくないっ!!もうこんなんやめだぁあああああああ!!って思うときがあるみたいです
体力的にも精神的にもきつくてもうやーめたって何度も何度も思うみたいです
うちの弟って勉強キライで高校途中で辞めちゃったんだけど
それでも
今の仕事の資格取るのに試験を色々受けに行ったりしてるんです
いつか独立するなんて笑って言ってますが
そうやって何か目的があると仕事に対する思いって違うみたいですね

楽な仕事してる人もいなくないです
責任っていう言葉を全く考えないで日々過ごしてる人もいます
だけど
そんな仕事よりも
強敵目の前にして逃げたいけど立ち向かうくらいのほうが
面白いかなって思いません?
楽なほうがいい~って言うのもわかりますけどねw
楽じゃなくて楽しければ何だっていいなって思います
自分が成長なんかできなくても楽しかったらいいかなとも
だけどせっかく一度しかない人生なんだから
自分がどこまで行けるかを試すには
強い敵と戦ってレベル上げていかないと
何レベルまで自分が行けるかわかんないですからね

低いレベルで満足して同じ街に住み続けるのか
高いレベルまで上げて色んな世界を旅するのか
それはその人が選んだところで楽しければいいんじゃないかなって思います

人それぞれですからね
どこまで行っても自分が良ければ人が何て言おうと自分が決めた道を歩めばいいと思います



ちなみにはむさんへ
学生って確かに楽だと私も思いますw
さぼりたきゃさぼってもいい
気軽に何もしたくなくても学校にいるだけで 『出席』 という産物が残りますからね
そういう意味では学生ってすごく気楽なんですよね
だけど
まだ行き着いていない不安というのは持ってるんですよね
学校にも家庭にも守られてる存在でありながら
自立したいという希望
どんな形で自立できるのかなという不安
まだまだ戦い続けなきゃならないのは社会人も学生も同じだと思います

以上、櫻持論デシタ(*'ω'*)


初めて来てくれて長いコメントありがと~^^
ああいうのすごく嬉しいです
また遠慮なく覗いてやってください(〃ノωノ)よろしく♪
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by sakura-smile | 2005-01-20 22:34 | 櫻の語りまくり
学生と社会人の違いって
京ちゃのブログ回ってたら面白そうな記事あったんで勝手にトラックバック(σ・∀・)σゲッツ♪
その記事っていうのが社会人がよく口にする 『いいなぁ学校でぇ~』 ってやつです
ちなみに京ちゃの記事はこっちね ⇒ 【にゃん】お仕事頑張ってます。

京ちゃの記事では 『仕事』 と 『学校』 に違いがあるかっていう話をしてるんですが
私が書く内容はちょこっと違って
そもそも社会人と学生どっちが大変なのかなってこと
私も社会人1年目にして学生と社会人の違いとか色々考えたことあるんです
『いいなぁ学校で』 + 『学生はいいなぁ』
どっちも社会人が学生に向って良く言いますよね
( ̄‐ ̄*)んーそんな学生って楽かなぁ?と

確かに、学生って言っても色んな学生がいるし
小中高+大学生 それぞれやることも違うから大変さっていうのは変わるけど
私は今時点での感想は 『社会人って楽だな』 ってことかな

これを聞いて 『え?楽なの?』 ってちょっと勘違いされても困っちゃうんだけど
少なくとも私にとっては学生の頃に比べたら楽かなぁーって思ってます
残業あって、朝6時に起きて家に帰るのが10時だとしても
それでもどこか楽な部分があるなぁと思うんですよね
何が楽かと言えば
去年までの私って院の学費は自分で出してたからバイトしなきゃだったわけで
しかも企業さんとの共同研究やらなんやらで〆切り追われまくり
大学のゼミや発表会とかの準備、学会とか寝れなかったからね
・・・えっと・・・ボンバやってたからとか言うのは置いといてね(*'ω'*)w

この院での生活に限らなくても
小中高生も含めて学生って言うのは学校にいる時間だけで終わりじゃない
試験があるし、模試があるし、宿題があるし
そんなのどうでもいいじゃ~んって人にとっては
授業聞いてなくて寝ててもいいんだったら 『楽』 でしかないかもしれない
だけどやっぱり、やらなくても 『やらなきゃな』 っていう思いはどこかにあるわけで
家に帰って何もかもから解放された自由っていうのは学生の間はないんじゃないかなって思う

社会人は仕事の内容にもよるけど
家に仕事を持ち帰らなきゃ家に帰ってからの時間ってホント自由だなぁって
何してもいいんですよね
自分のために何かの資格の勉強してもいいし、ゲームしまくっててもいいし
どこかへ遊びに行ったり飲みに行ったり、デートしたり・・・
次の日遅刻しなきゃ何してもいい
ホントやりたいことだけやっていてもそれが許される時間
何かに追われてないってホント気持ち的に楽だなって思います

ただ、社会人っていうのは学生と違って働いている時間は責任もあるし
〆切りだってあるしやることやれてないとダメだったりで厳しいところはあります
失敗が許されないってわけじゃないけどかなり色んなとこに迷惑かけちゃうから
迷惑がかかれば自分の仕事だって上手くいかずにさらに色んな問題が起こったりする
それに眠くても寝ることが許されないっていうのが一番大きいのかな?どうだろう

学生と違って社会人っていうのは
同じ1時間2時間過ごすだけで給料がもらえるんですよね
学生が同じだけ自分の自由になるお金を手に入れようとしたら
自由な時間を削ってバイトしないといけない
遊ぶ時間もなくなるし、疲れも取れないし、学校の課題は片付かないし
勉強が本分だっていう学生でも
同じ人だから楽しくいたいと思うのが当たり前
だからそういう意味で学生って 『いいなぁ学生は』 なんて言われるほど楽じゃないと思うんです

朝部活があれば社会人より早く起きて学校に行く人だっているし
授業後の部活で遅くまで頑張っちゃってる人もいるし
それも学校での過ごし方によって違うから
俺のとこは楽だよぉ~って言う人はいるだろうけど
それでも 『学生は・・・』 なんて言われるほど自由気ままに好き放題ってわけじゃないよね

私のとこは毎日のように課題出まくりで・・・
『え・・・(・▽・;)これ1日分ですか?』
なんてこともしばしばw
やんなきゃいいんだよ~ってわけにもいかずやってました
学校行ってから焦ってでもね(;´ω`)

当時からゲーム好きは好きではあったけど
これでも真面目さんで前の方の席を取っては先生の目前で爆睡とかしちゃってました(*'ω'*)
( ̄▽ ̄人))((人 ̄▽ ̄)意味なーいじゃーん♪ってやつですw
いや・・・目前なだけにタチが悪いかも...A;゚∇゚)/

今思っても全く何も気にせず自由な気持ちでいたのって
学生時代あったかなぁ・・・って感じですね

『学生』 というものだけをやっていれば一番楽なのは大学生かな
自由っていう言葉が一番似合うのが大学だからね
1人暮らしすれば家に帰る時間も制限されないし
大学の授業だけをやっていればいいんだったらレポートや試験時期だけ頑張っちゃえば
それなりになんとかなるものかなと思えます
大学だけじゃなくどこも学校によって課題が多く出たり、部活が厳しかったり学校の校風っていうものがあるからこれもまた一概には言えないけど

でも、大学の 『楽 = らく』 っていうのは
何もしない人に与えられる空虚感みたいなものだと思うんです
もっと違うことで 『楽 = たのしみ』 を自分から見つけなきゃもったいないなって思います
バイトしたり、サークル活動したり、友達と遊んだり、好きなこと見つけてやるのもありだし
そういった色んなことに時間を使って
自分から 『らく』 をなくしてこそ価値の生まれるものかなと♪


ここまで書いて社会人って楽なんだよぉ~みたいなイメージ付けちゃったんですが
かと言って早く働きたいっていう考えはまだまだだぞ☆
自立して給料もらえていいことばっかり・・・でもないんですよ

みんなが仕事就いてもすぐ辞めたいって思うような
それくらい簡単にこなせるものでもないんです
仕事内容がきつい、きつくないに関わらず
その会社に入るという選択をした時点で自分の人生半分以上が決まります
そこでどうやって今後の人生を過ごしていくのか・・と
だからこそやっていけないと思った人は早々と辞めてしまって次の仕事を探したりするんですよね
手遅れにならないうちに自分に合う仕事を見つけるために
仕事見つけるのも大変なのにそれでも辞めるくらいきついこともあるんです

入ってからの仕事内容は会社によっても同じ会社でも役割によって大きく違って
営業マンなんて言えばいつからいつまで働いてるの??って言うくらい
エンドレスで契約を持ち帰らなきゃならない仕事できついんです
うちの弟は土木建築系のお仕事やってますが
確かに給料は良いんです
その代わり、朝は6時前には家を出てます
色んなとこに出張できていいなと思えば毎回寮のようなとこに入って食事も美味しくないらしく
それぞれの仕事に応じた大変さっていうのはあります
SE(システムエンジニア・・・コンピュータプログラムいじってる人ね)やってる友達は
3連休あっても全部仕事だったり夜中終電無くても仕事してます
しかも、サービス残業って言って手当て(給料)の出ない時間が毎月けっこうあるんです
みんな自分で選んだ仕事とは言え
仕事自体に満足するのってすごく難しいです

だからこそ、余暇の時間をどう使うかが社会人として
今後の人生をどう変えていくかに大きく影響するんですよね
だから自由で好きなことができる時間があるんです


学生の人たちは社会人に楽でいいなって言われるような生活ばっかり送ってたら
自分が仕事に就いたときにきっと同じように 『いいな学生は』 って言う人にならないかな?
学生でも社会人でも
与えられたことだけやればいいわけじゃないんですよね
誰に言われなくてもやらされなくても
自分で見つけた魅力的なものに向って頑張っただけ
他の人にはない何かが得られると思うんです
ただ、頑張れないだけなんですよね
こうやって遊んでいるのが楽だから
頑張るより何もしないで考えないで遊んでいる方が楽ですもん
だけど
『楽(ラク)』 をしてただけじゃ
ホントの楽しみ きっと見つけられないと私は思います

何かを乗り越えてこそ得られるもののってすごく大きいはずだから


社会人っていいな 学生っていいな そう思うだけじゃ何も変わらないと思う
人は誰でも他が良く見えるものです
隣の畑は~ってやつですw
前を見て、上を目指して頑張る姿は素敵ですが
今自分が置かれた環境で自分なりに楽しんでいくことが
将来の自分を 両方の意味で 『楽』 にさせてくれるんじゃないかなと思いました
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by sakura-smile | 2005-01-20 00:50 | 櫻の語りまくり