人生の師、心の師と思える存在に気付く力
昨日書くこと決まってたのに先日の1日2回投稿で満足寝してしまった櫻デス(*'ω'*)

その書きたかったことというのが
こぶのブログ 『雑学との出会い~エピソード②~』 での一言
「ほんまや!!先生、めちゃめちゃええことゆーやん!」
私が書いた 『櫻ブログ★SmileHeart★』 への想い(続) でのしんのコメント
「櫻はなんていうか、こういう先生がいたらいいなっておもう」

こぶの記事を読んで
『ぁぁ・・こぶはすごく素敵な人に出会ったから今の素敵なこぶになってるんだな』
『こういう先生っていいなぁ~』 って思いました


ぺちょブログとのトラックバックで語ってきた
「全ての結果は自分が生んだもの」
どんな経験をして、どんな考えをしてきたかによって人というのは十人十色まったく違うものになる
その 『経験』 のひとつとして、自分がどんな影響を受けて過ごしてきたかというのが非常に大きな 『違い』 を生むのだと思うんです

私はこぶの記事を読んで、・・・私にもこういう先生がいたかな?と考えてみました
『(〃 ' ')ほぉ~』 『その考え方すごぉぉおおおおおい』 と思わせる雑学の持ち主
『そんな先生みたいな考えが出来る人になりたいっ!!』 と思うような人物
思い返しても自分にとって 「この人だっ!」 と思える存在の人は出てきませんでした


私って・・・こういう経験してなかったっけ?
何度も何度も考えました

こぶみたいな先生には会ったことがないのに、それでもしんからこんな先生がいたらいいなと思われるような考え方ができる
それってどうやって身に付けたんだろう と

確かにこぶのように
『勉強は、これからの人生を楽しむための大切なルールなんやで』
そんなふうに教えてくれた人はいなかったです

私も同じようにもっと若い頃にそんなことを聞けていたら
自分の人生違ったものになれてたかもなって思うんです
すごく素敵ですよね?
自分が 『嫌だ嫌だ、こんなのやって意味があるの?』 と思いまくっていたものが
先生のたった一言で全て 『意味あるもの』 になるんですから

私はどんなことも考え方の違いだと思っています
自分がそれに価値を見出せるかどうかは自分次第だと思うんです

たとえば Aさん Bさん Cさん がいて同じ境遇の中で同じ時間を過ごしたとします
テスト前にゲームしちゃったとしましょうか
Aさん: ぅあああやっちゃったぁあーーもう明日のテストダメだぁ遊んだ俺ってなんてダメなんだぁああ
Bさん: 遊んじゃったけど、楽しかったし気分転換にはなった うん。今からちょっとやってテストガンバロ
Cさん: あ~楽しかった♪あ・・明日テストだ・・・まぁいっかぁ~

簡単な例なので伝えたいことちゃんと伝わらないかもだけど
同じようにテスト前にゲームをしてしまった3人
同じ経験をしたのにも関わらず考えることが違うんです
それによって気分も違えばその後も違う

同じ経験をしても 『何を思い、何を感じ、何を考えるか』 それによって 『違い』 が生まれるんです

どんな結果を生むか
同じ時間を同じようにすごしても同じ人にならないのはそういった違いがあるからじゃないかな?
なんであいつだけ・・同じことしてるのに・・
そういった 『見える範囲での同じ』 があったとしても 『見えない範囲の違い』 があるもんだと私はそう思っています

それが 『違い』 であり 『価値を生む力』 だと思います

確かに、私にはこぶのような直接に 「この人だっ!」 と思える人はいないんですが
私はそうやって 『師』 と呼べる人がいなくても
人から、雑誌から、TV番組から、ニュースやドラマや小説や・・・
そういったもの全てから自分が変われるものって得てきたなと思うんです

そう考えたときに 「人生を楽しむためのルールだ」 とそこまで教えてくれた存在ではなかったけれど
1人の人が私の頭に浮かびました

それは予備校の数学の先生です


浪人時代 河合塾に通っていたときに
『理系医学系クラス』 で授業を取っていた時のことです
塾には 「人気先生」 っていうのがいるんです
この先生の授業は 分かりやすくていい、ためになっていい、丁寧に教えてくれる
色んな要素があって 「人気先生」 には人が集まります

集まると言っても自分の時間割に当てはめられた先生が他にちゃんといるわけで
人気先生の授業に当たった人は羨ましいなと思うだけで自分が選べるものではなかったんです
だけど、誰だって 「予備校 = 受験 = 自分の人生」 がかかってる大きな時間には
最善な時間を用意してあげたいですよね
そう思ったら自分の先生よりもその 「人気先生」 にお忍びで授業を受けたいと思うのが普通

私も行きましたその人気先生の授業へ
確かに丁寧で黒板もちゃんと書いてくれて、なぜそういう結果を導けるのかという理由を教えてくれる
真面目風なその教え方は塾からも信頼が厚いんだろうな というのが分かるそんな先生でした

ですが、
数回その先生の授業を受けて、私はその人気先生の授業取るのを辞めました
他の人たちは人気先生の授業の席が取れずに立ってまで受けてる人もいたくらいですが
私は始めから自分に用意された数学の先生の授業へ戻ったんです
人気先生に受講生を取られたその授業はかなり人数が淋しく
広い教室は人気先生に取られ、狭い教室の授業でした

だけど私はその先生の授業が好きだったんです

その先生の教え方は裏技っていうわけじゃないんだけど
難しい問題なのに難しさを感じさせない
゚+.(ノ゚ω゚)ノ゚+.゚オォォォォォ!???そんな考え方があるのかぁあああ~
その授業には私なりの 『感動』 がありました
先生が私に教えてくれたことは数学の解き方だけだったけれど
私が学んだことは
難しい問題を難しく教えるのは簡単
難しい問題をいかに簡単に教えるかが難しい
ということでした
これはきっと、人気先生の授業も受けてないと分からなかったことですね
同じ問題を解いてくれた2人の先生を見たからこそ
『伝え方によってこうも違いが生まれる』 ということがわかったんです

この私が好きな先生は確かに数学しか教えてくれませんでした
だけど、
私が感じたこと、考えたこと
それは数学ではなく 『考え方の違い』
このとき感じた 『感動』 が今の私につながっているんだと
自分を大きく変えるほどの影響を与えてくれたこの先生の存在は忘れていません


私のこの先生の場合は
『こういう考え方がすごいんだぞ』 っていうのを教えてくれたわけではありません
私がただ数学の解き方として((φ(・ω・*)ほぅほぅ と感じただけでは分からなかったことだと思います
そして、人気先生の授業を受け続けていたら分からなかったことです
みんなが良いというものよりも自分が惹かれたものを選んでいたから得られたものって大きいです

人生の師、心の師というのは
そんな自分の周りで起こる些細なこと、小さなことの中にあるのかもしれないですよ
何を 『自分の師』 だと感じるか
それによって大きな違いが生まれるものだと思ったりしてます

もし、『勉強は、これからの人生を楽しむための大切なルールなんやで』 と言われても
そんなん分かってるけど嫌なもんは嫌なんや
そう思ってしまうだけだったら
感動もありがたみも何もありませんよね

何か自分の周りの起こったことをどう感じるか
人はこうやって、そのときの感じ方によって違う人になっていくんだと思います

私のブログを長いからと読まない人もいれば感心して読んでくれる人もいる
人というのは同じ出来事が周りに起こっていても違う行動を取るものなんです

どっちが良いとは言えません
それが個性であり、自分らしさを生むものだと思います



私がこうやってみんなに語りに入っているのも
全て私の経験からです
『ぺちょのブログが面白いのはぺちょの経験値からなる』 と自信を持って言っているように
どんなものを出していくかというのはその人がどんな経験をしてきたかが影響してるんですよね

私にはこうやって色々説いてくれた存在が周りにいたわけでもないです
こんな考え方素敵だなと思えるような人生の師と言える存在もいないです
だけど
私がこうやってこんな先生いたらいいな と思われるようなブログが書けているのは
今まで色んな人と接してきて
不安や悩みを抱えている人に 『何かしてあげたい』 『何かできることないかな』 『こうしたらどう?』
そういう自分ができることを何かしてあげたいという思いから
色んな人の相談を受けてきたり、悩んでそうな人に勝手にアドバイスしたり
お節介な部分が多かったのも否めないです
だけどその中で
ちょこっとだけでも考え方が変わって相手の人が前向きに何か変わった様子を見せてくれると
すごくすごく嬉しかったんです

それが私の経験であり、個性なんです
だからこういうブログになってるんだと思うんです


しんがコメントを書いてくれたのを見て思い出したことがあります
私、先生になるなら小学校の先生になろうと思ってたことがあったんです
それは自分が何かをして変わっていく姿を一番見れる時期だから
間違っていること、悩んでいること
色んな経験をしてその人の人格形成に大きな影響を与える大切な時期

でも、小学生じゃなくてもいいなと思ったのが
家庭教師をしてからです
小学生、中学生、高校生・・・全ての受験生を教えてきました
生徒は全部で6年間で8人
色んな生徒がいました
悩みや不安を素直に打ち明けてくれる子、悩んでそうなのに何も言わない子
色んなタイプの子と接してきたからこそ
何も言わない子の不安も気付いてあげられる気遣ってあげられる人になれたのかなと思います

こぶの先生が 『勉強は、これからの人生を楽しむための大切なルールなんやで』 と言ったのは
きっと誰かに言われたから気付いたことではないと思うんです
悩みを抱えた生徒を見てきて自分がその生徒たちにしてあげられること
そう思ったときに
その悩んだ生徒たちを救うために出したひとつの答えがその言葉だったと思うんです

私も、そしてこぶの先生も
教える立場、誰かを救おうとする立場から出した考えで初めて
自分でも良いなと思うような考えを出せたりするんですよね

そういう家庭教師を通して、相談をしてくれた人を通して、今のブログを通して
私も成長させてもらってるんです


何をどう感じるかによって
自分を変えてくれるものは自分の周りにいくらでもあると思うんです
学校の先生、教え子、友達、家族、恋人、ゲーム、TV、本・・・
自分に影響を与えてくれるものは全て 『師』 です
大事なのは 『師』 と思える存在に気付けるかどうか
与えてくれたものの大きさに気付けるかどうか

そうやって教えてくれる立場の人がいないから・・というのではなく
それに気付ける自分がいるか
それが大事だと思います

分かりにくい説明やどうしても反抗的になりたくなるような言い方をされたとしても
その中にも何かあるはずなんです
私もバイト始めたときの店長の考え方は理解できませんでしたw
だけどそういうものも分かってくるとすごいなって思えるんです
分かりやすく教えてもらわなくても気付ける力があれば
何だって素敵な自分に変えてくれるものになるはずですよ

゚+.(ノ゚ω゚)ノ゚+.゚オォォォォォ!という感動が出来る人でいたいですね




私が((φ(・ω・*)かきかき♪してるとこでのコメントで良い言葉見つけちゃいました
心さん:
無意味⇒意味ある事になるかもしれないんだから、何事もチャレンジして損はないんじゃないかな。
幾つもの未来が自分には待っている。その時、自分の力になるのは過去の経験量。
だから自分にとって無意味な事でも、自分の経験の一つとして取り込みたい
ヴぁー:
無駄もパーソナリティ

前回の記事でのコメントです
こうやって私も誰かが書いてくれたものから色々吸収させてもらってます
(* ̄- ̄)ふ~ん・・・と流しただけでは得られなかったものが
こうやってちょっと目を留めて感心するだけで違うものになるんですよ^^

だからこそ本気の語りがやめられないんです(ノ´∀`*)
[PR]
by sakura-smile | 2005-01-23 13:30 | 櫻の語りまくり
<< 声 『櫻ブログ★SmileHe... >>